思いでのお店~ラーメン部・目黒の大昌①~

10年務めていたフィットネスクラブのアルコクラブ。

10年の間に沢山の出来事がありました。

アルコクラブの勤務は、早番は9:30~17:30・遅番は14:00~22:00。そして休みの3交代でシフトが組まれていました。6時から営業するクラブや23時まで営業するクラブも多くありましたが、アルコクラブは自宅が遠い(終電時間が早い)私にはありがたい時間帯の営業でした。

入社当初はキッチリ仕事が分かれておりました。私はGYMスタッフとして入社したためプール・スタジオ・フロントの仕事は一切ありませんでした。「GYMしかしない」これがアルコクラブで働きたいと思った最大のポイントです。しかし、10年の間に随分スタッフが減り、いつの日かフロントの仕事以外ほとんどを担当するようになりました。

オープン当時は、支配人1人、マネージャー2人、GYM6人、プール7人、スタジオ5人、フロント3人、コーディネーター3人、ゴルフ2名総勢29人の社員。さらに7人以上のアルバイトがおりました。6か月後の4月には新入社員も3人迎えた大所帯。

しかしアルコクラブが終わりを迎える時、社員は支配人1人、マネージャー2人、フロント4人、フィットネス4人。5人のアルバイトと派遣のスタッフ数名で現場を担当していました。

※フィットネス:GYM・プール・スタジオ・ゴルフまとめての総称になりました

社員が多いときは同じGYMスタッフとしか交流が無かったのですが人数が減りフィットネスという一括りになってからはフロントを含め不思議と交流を持つようになりました。

 スタッフが減ってみると毎回同じメンバーで金曜日の遅番を担当するようになっていました。ほかの曜日も、曜日ごとに同じメンバーだったと思います。

その金曜日の遅番は社員の私と派遣スタッフ2名。

22時に仕事をあがりIDカードを切り、着替える。早くても22時15分、私は目黒駅発22時50分に乗れないと上野駅からの終電に間に合わない為、遅番が終わると飲みに行きたくても行くまでの時間はありませんでした。

飲むまでの時間は無くてもアルコクラブからの帰り道、注文して食べ終わるまでに30分ほどの中華屋さんがありました。いつの頃からか金曜日は毎週その中華屋さんによりラーメンを食べて帰るようになりました。私たちは周りから「ラーメン部」と呼ばれるようになりました。

三人部員のラーメン部、活動は金曜日。時々体験入部をする仲間がいましたが基本三人での活動でした。