ウォーターケフィアを里子に!

ウォーターケフィアを育て始め3年と3か月になります。

2018年の3月にウォーターケフィアの講座に行きウォーターケフィアと出会いました。目黒雅叙園のアルコクラブ時代「ヨーグルトトキノコ」という物を育てていたことがあり「ウォーターケフィア」と聞き「欲しい!」と思い、初めて会った「由美さん」に図々しく「私もウォーターケフィア講座に連れて行ってくれ!」と懇願し叶いました。

聞けば由美さんは紅茶キノコも育てました。いつか紅茶キノコの株分けをしてもらいたい、、、なんて図々しく思っています。

 

さてウォーターケフィアを育て3年、始めてのおすそ分け。やっとケフィアを里子に出すことが出来ました。なんとなくウォーターケフィアの話をするも私の周りに興味のある子がおらず、なかなか里子に出せていなかったのでしたが、先日友人2人が快く里親になってくれました。この二人趣味が多彩で私は足元にも及ばない強者です。

1人目はハルさん。以前ブログに出てきましがミニチュアダックスフンドイチローが虹の橋を渡る時、私とイチローの心のケアをしてくれた恩人です。

佐野市でおかま直伝よもぎ蒸しとボディートークボディーケアのサロンを経営するセラピストさんです。加えて多くの女子が大好きな手相や占いもサロンでされています。ハルさんは発酵食品・発酵ドリンクを作ったり「ピン」と来た事は取り入れるバイタリティ溢れる方です。

 2人目はアズサちゃん。若いお友達。保母さん?幼稚園の先生?だったのに今は鍼灸学校の学生さんです。都内で働きながら学校に通う女の子です。若いのにしっかりしてます。彼女の通う学校の先生を私がチョッと知っている方だったりしてなんとなく彼女とのご縁を感じます。年の差も気にせず私と遊んでくれるとっても良い子です。一人暮らしのお宅では沢山の植物が育てれていて里子に出たウォーターケフィアもぐんぐん育つ事でしょう。

 

里子に出す前は3年前に教わった通り丁寧に育てていました。月日の流れとともに色々冒険をしてみたい気持ちがったのですが「ケフィアが死滅したら嫌だ」と思うと冒険できず悶々としていました。二人がもらってくれたお陰で今では色々試すことが出来ています。

そのウォーターケフィア、発酵お事を書きます。

大好きなお店 ~葡萄酒房allee~

思いでのお店、、、とっても楽しく書き綴れました。

でも、思い出のお店の多くが無くなってしまって、10年ひと昔と言いますが本当10年も有れば色々変わっていきます。あの頃から全然成長できずにいる自分がとても残念に感じました。

気を取り直して、

「思い出のお店」と変わらない気もしますが、今現在も私の心とお腹を満たしてくれる「大好きなお店」について書こうとおもいます。

 

第一弾は

「葡萄酒房allee(ブドウシュボウ アレイ)」

恵比寿西1-9-1第2ともえビルの3階

恵比寿駅から程よく近いこのお店は美味しいワインが飲めるイタリアンです。

堅苦しくないお店の雰囲気が居心地よく、気付けば毎回飲み過ぎてしまいます。

フロアー全般を担当する恵子ママ。忙しいときも笑顔で切り盛りする姿は天晴!

吉田シェフとカンちゃん、阿吽の呼吸で料理を作っていきます。

シェフの吉田さんが作る料理は何でも美味しいのですが、強いて挙げるなら「ゴルゴンゾーラのリゾット」これは間違いなし。あとメニューには載っていませんが「カチョエペペ」も絶品。

毎年このお店でトレーナー仲間と会合をしていました、残念ながらコロナで2年続けて会合は出来ていませんが、毎回30人ほどの何歳になっても食べ盛り飲み盛りのトレーナー達が満足する沢山の食べ物、お酒スキが多い私達には有難い飲み放題、そんなコースをお願いしていました。来年こそはこのお店で会合がしたい、そんな生活が出来る事を願っています。

 このような宴会から友人2人でシンミリ飲んだり、仕事先の方をお連れしたり。私には無くてはならない大切なお店です。毎年3月生まれの会と称した誕生会もこちらで行っています。

 

吉田さんには、渋谷の並木橋にあるイタリア料理のお店で出会いました。吉田さんの作る料理の味に惚れ込み、以来吉田さんがお店を移るたびに追いかけて行きました。

渋谷→恵比寿→六本木→恵比寿どのお店も吉田さんが作る料理と吉田さんが選ぶワインに間違いなしでした。吉田さんの追っかけ生活25年、ストーカーです。

たくさんある思い出の話はまた後程、今日は葡萄酒房alleeについて書いてみました。

 

吉田さんの料理でワインが飲みたい。

 

思いでのお店~寿司田~

20代の前半、独り飲みに憧れていました。テレビドラマでかっこよく一人で飲む女優さんを見ては「いつか自分も!!」と思っていたのですが、私一人で喫茶店やファストフードに入ったことが無かったので「叶う事は無い夢かな?」と、うっすらと思っていました。

 

今「ソロ活女子のススメ」というドラマが放送しています。私、このドラマの主人公・江口のり子さんが大好き。この女優さんが出ているドラマはチェックして拝見しています。随分前の深夜に「月とチェリー」という映画をテレビで放送しており、たまたま見た事をきっかけにその時から気になり応援しています。

「ソロ活女子のススメ」このドラマを見ながら自分が一人のみを始めてした時の事を思い出していました。懐かしい。

 

私は幼少期から海なし県に住んでいます。子供の頃は近所に新鮮な魚を扱う「魚屋さん」がありました。母は鮮魚を買ってきては自分でさばき食べさせてくれていましたが時代とともに鮮魚を扱う魚屋さんは無くなりました。今は流通が良く新鮮な魚がスーパーに並んでいますが昔のスーパーの魚は、お世辞にも新鮮で美味しいとはいいにくく海の方で育った母はスーパーで生魚・刺身をほとんど買ってきませんでした。そのせいか、お寿司屋さんには月2~3回行きました。母も私もお寿司が大好き。

 

私が一人飲みデビューをしたのは「すし田」と言うチェーン展開をしているお寿司屋さんでした。「すし田・有楽町電気ビル店」※随分前に閉店しております。

あの日私はアルコクラブでの早番勤務でした。仕事を上がりダッシュで山手線に乗り18時10分頃有楽町駅に到着。多くのサラリーマンとすれ違いながらお店に向かいました。

お店に入り指1本立てて無言の「一人ですアピール」をするとカウンター席に通されました。席に着いてから席を立つまで、飲み物、食べ物すべてを目の前の板前さんが担当してくれました。美味しい物を飲み・美味しい物を食べ、絶妙な接客とサービスを受け私の心とお腹は満たされ「また近いうちに来るぞ!」と心に決めこの日は気分よく帰宅しました。

初めての一人飲み。母と行っていたころとは違う楽しみ方を知り、一人のみという初めての事をクリアした私はチョッと大人になった気がしていました。 

 

そんなに日を置くことなく2回目の訪問。この時は「こちらにどうぞ!」と板前さんに言われ席に着きました。板前さんは前回自分がもてなした事を覚えていたそうです。

やはり初回は緊張していたのか気付きが少なかったのですが2回目は余裕が持てたのか色々感じる事が出来ました。カウンターにいる4人の板前さん、周りでおもてなしをする仲居さんの働く姿が清々しく活気あふれる店内は見ていて気持ちがよく2回目なのに常連さんのように居心地が良かったです。

一人飲みデビューをしたこのお店で私は「常連さん」となります。

馴染みのお店です。

この「馴染みのお店」というのも欲しい!と思っていたものの1つ。

私の呑み助人生の無くてはならないお店と中島さんとの出会いでした。

 

板前の「中島直人さん」今では家族ぐるみでお付き合いをしています。

 

思いでのお店 ~キリンシティ・目黒店②~

目黒の権之助坂にあったキリンシティ。ここで出会った店長の元山さんは接客業・サービス業の鏡。私がお手本としている方です。

 

 

何度か通ううちに顔を覚えて頂きました。掃除が行き届いたきれいなお店、広いカウンターの中で一人でビールを注ぎ、グラスを洗い、接客。お客様が来店すると待たせることなく誘導する姿を見ながら飲むことがとても楽しかったです。

何年も通ううちに色々な話も出来るようになりました。アルコクラブが無くなると決まった時もアルコクラブのお客様、スタッフ大勢で行き飲みました。アルコクラブが無くなり私が目黒を離れても元山店長は目黒店にいたので、元山店長に会うためにキリンシティに通いました。元山店長に近況・愚痴や文句を聞いてもらい、元気になって帰ったものです。

ある日いつも通りキリンシティ目黒店に行くと元山店長の姿が無く。キョロキョロと探していると女性に声をかけられました。「元山さんはおやすみですか?」と聞くと転勤をしたという事。迂闊だった、チェーン店には転勤があったことを忘れていました。

女性は新しい目黒店の店長でした。元山店長の新しい勤務先を教えてもらいこの日は目黒店での美味しいビールを楽しみました。

さて数日後、、、元山店長を追いかけ私は京急川崎店に行きます。(京急川崎店2013年9月1日閉店)

扉を開けると「いらっしゃいませ」と言った元山店長が私の顔を見てビックリ。名前を呼びながら近寄ってきてくれた事を思い出します。「追いかけてきました!」と伝え久しぶりの再会を果たしました。、目黒店ほどではありませんが元山店長に会いに遥々京急川崎店に行き、美味しく飲み心穏やかになれる時間を過ごしました。

その後元山店長は「キリンシティ梅田ヨドバシ」に移動。こちらには2回ほど会いに行けましたが、、、ココで私の「元山店長の追っかけ」は幕を閉じます。

あれから10年以上たちます。元山さんは元気にされているのかな?無性に会いたくなる時があります。

あの頃、キリンシティはどの店舗に行っても

まずハーフ&ハーフ。ビールを待つ間にチキンバスケット、シティポテト、じゃが麺、チーズスティックを注文。間もなくビールが届き乾杯。食べ物が届く前に二杯目のハーフ&ハーフを注文していました。元山店長の入れてくれたビールは本当に美味しかったです。ここでビールを覚えたせいかグラスで飲むビールが好きです。ジョッキだとあまり飲めないのですがグラスだとドンドン飲めるのは何故だろう。

大昌もキリンシティ目黒店も今は無く残念。

10年以上通った思い出のお店はもう無いんだな、、、とシミジミとしてしまいました。

キリンシティではハーフ&ハーフ、大昌では五目ラーメン。私、好きとなると同じものばかりになってしまう一途なタイプだったようです。思い出すと懐かしい。今でもキリンシティが好きで色々な街でお店に寄らせて頂いています。

それでもやっぱりキリンシティは目黒店が一番好き。

キリンシティに連れて行ってくれた西村さん、キリンシティ好きにさせてくれた元山店長ありがとう!

 

思いでのお店 ~キリンシティ・目黒店~

前回、権之助坂にあった大昌の事を書き懐かしくて、あの頃の思い出に浸ってしまいました。せっかくだから目黒でいった思い出のお店を色々書いていこうと思います。

 

大昌の次はやはり権之助坂にあったキリンシティ・目黒店。2011年12月9日に目黒店は閉店してます。このお店、キリンシティという名前でお分かりの通りキリンビールが美味しく飲めるお店です。当初、私はビールの美味しさが全く分からなかったのですが通ううちにだんだんと「美味しい」と感じるようになりました。このお店、食べ物がメチャメチャ美味しく通う頻度も高かったので気付けばビール好きになっていました。

思い起こすと、このお店には足しげく通いました。美味しいからと言う理由だけではありません。ここの店長の働く姿に惚れて通っていました。

店長の元山さんは素晴らし接客をされる方で、私はサービス業・接客業として働く上で元山店長をずっとお手本にしています。

お客さんだけではなく、一緒に働くスタッフへの声掛け・気配り。どんなに忙しくても、笑顔を絶やさず、さりげなく色々な事に気づき察する、元山店長の働く姿は本当に気持ちがよかった。お客さまへの声掛けも絶妙で、つかず離れず心地よく過ごせるのでカウンター周りは一人で訪れるお客様が多くいらっしゃいました。

 

このお店には西村さんというビールが大好きな先輩に連れて行ってもらいました。私は西村さんにビールを仕込まれた!と言っても過言ではありません。

前にも何度か書いていますがアルコクラブはキッチリ、セクションごとに仕事が分かれていたため私は他のセクションの方とほとんど交流を持っていませんでした。プール・ジム・スタジオ、各スペシャリストとして仕事が出来るように「コーディネーター」というセクションがありました。このセクションはオールマイティにすべてが出来、お客様とドクターとスタッフを一番良い状態でつなげる、すべてを把握しなくてはならない大変なセクションでした。

西村さんはこの「コーディネーター」のスタッフ。私達ジムスタッフは仕事上よく面倒を見てもらい少しづつ仲良くなりました。ある日初めて飲みに誘われ、仕事帰りにキリンシティ・目黒店に連れて行ってもらいました。この頃、ビールはあまり好みでは無く何を飲もうかな、、、と考えましたが「一緒にビールを飲もう!」と言われハーフ&ハーフを注文、めでたくキリンシティデビューをした思い出の1杯です。

 

この日を境に西村さんとよく飲ませて頂く事になります。

思いでのお店 ~ラーメン部 目黒の大昌②~

アルコクラブでインストラクターとして働いていたころ、毎週金曜日は「ラーメン部の活動」という事で仕事上がりにラーメンを食べに行っておりました。

食べに行くお店は毎回同じ、権之助坂にあった「大昌」と言う中華屋さん。このお店にはアルコクラブ時代の10年間、数えきれないくらい足を運びました。私だけでなく歴代、アルコクラブで働いていたスタッフは皆通った大好きなお店です。

私はこのお店の「五目ラーメン」が大好きで、いつも「五目ラーメン」を注文していました。アルコクラブが無くなってからも事あるごとに目黒に立ち寄り大昌の五目ラーメンを食べに行きました。五目ラーメンは大昌が一番!どこよりもお好みの味。

そんな大昌も随分前に無くなってしまいました。あそこで働いていたお兄さん達は何処で働いているのだろう、、、またあの「五目ラーメン」が食べたい。目黒での10年、通い詰めたお店が殆ど無くなってしまいましたが今でも目黒に行くとあの頃の目黒を思い出します。

さてこの大昌、一緒に行く仲間達の多くが「タンメン」を頼んでおりました。野菜たっぷりの塩味。こちらも美味しそうで何時かは注文してみようと思っていたのですが「五目ラーメン」には勝てず1度も頼めずに終わってしまいました。

アルコクラブのスタッフの早番は昼食時間が14時ころ。お昼ご飯に行くお店が限られておりました。ランチタイム後の休憩時間がない大昌は本当にありがたいお店でした。時には10人近くでカウンターを占領してお昼ご飯を食べる事もありました。10人全員上下白のスポーツウェアだったので目立つし怪しい集団に見えていたと思います。

夏になると大昌も冷やし中華がメニューに加わりこちらも人気の商品でした。

そう言えば、とある初夏6・7人でお昼を食べに行ったときのこと。それぞれ好きな熱い麺を注文、1人だけ冷やし中華を頼んだことがありました。空腹の私たちは調理場の中を眺めながら「早く来ないかな、、、、」と思いながら雑談をしつつ待っていました。麺をゆでる人、器を出しそろえる人、盛り付ける人、、手際よくラーメンが作られました。

一番最後に冷やし中華。冷たい麵が用意され水を切った後「はい!」と阿吽の呼吸で器が出され麺を投入。同時に「あっ」と言う声が。器は熱いスープが入っていました。

私はその一部始終をじっと見ていたので思わず一緒に声が出てしまいました。お店の方と目が合った瞬間3人の時間が止まったことを今でも時々思い出し懐かしむことがあります。

通い詰めた大昌。無くなってしまって本当に残念。

今でも「大昌の五目ラーメンがたべたいな」「大昌に行きたい」と思います。

思いでのお店~ラーメン部・目黒の大昌①~

10年務めていたフィットネスクラブのアルコクラブ。

10年の間に沢山の出来事がありました。

アルコクラブの勤務は、早番は9:30~17:30・遅番は14:00~22:00。そして休みの3交代でシフトが組まれていました。6時から営業するクラブや23時まで営業するクラブも多くありましたが、アルコクラブは自宅が遠い(終電時間が早い)私にはありがたい時間帯の営業でした。

入社当初はキッチリ仕事が分かれておりました。私はGYMスタッフとして入社したためプール・スタジオ・フロントの仕事は一切ありませんでした。「GYMしかしない」これがアルコクラブで働きたいと思った最大のポイントです。しかし、10年の間に随分スタッフが減り、いつの日かフロントの仕事以外ほとんどを担当するようになりました。

オープン当時は、支配人1人、マネージャー2人、GYM6人、プール7人、スタジオ5人、フロント3人、コーディネーター3人、ゴルフ2名総勢29人の社員。さらに7人以上のアルバイトがおりました。6か月後の4月には新入社員も3人迎えた大所帯。

しかしアルコクラブが終わりを迎える時、社員は支配人1人、マネージャー2人、フロント4人、フィットネス4人。5人のアルバイトと派遣のスタッフ数名で現場を担当していました。

※フィットネス:GYM・プール・スタジオ・ゴルフまとめての総称になりました

社員が多いときは同じGYMスタッフとしか交流が無かったのですが人数が減りフィットネスという一括りになってからはフロントを含め不思議と交流を持つようになりました。

 スタッフが減ってみると毎回同じメンバーで金曜日の遅番を担当するようになっていました。ほかの曜日も、曜日ごとに同じメンバーだったと思います。

その金曜日の遅番は社員の私と派遣スタッフ2名。

22時に仕事をあがりIDカードを切り、着替える。早くても22時15分、私は目黒駅発22時50分に乗れないと上野駅からの終電に間に合わない為、遅番が終わると飲みに行きたくても行くまでの時間はありませんでした。

飲むまでの時間は無くてもアルコクラブからの帰り道、注文して食べ終わるまでに30分ほどの中華屋さんがありました。いつの頃からか金曜日は毎週その中華屋さんによりラーメンを食べて帰るようになりました。私たちは周りから「ラーメン部」と呼ばれるようになりました。

三人部員のラーメン部、活動は金曜日。時々体験入部をする仲間がいましたが基本三人での活動でした。